合宿免許の魅力に迫る

物流がいま大きく変貌しつつある。 どのように変貌しているかというと、企業経営に果たす役割が、かつてなく増大しているということである。
いまや物流が弱い企業は、企業の競争力を大幅に減じているといっても過言ではない。 最近、サプライチェーン・マネジメントが大きな関心を集めているが、そこでネックになる可能性が高いのがまさに物流である。
いくら市場最前線の情報を瞬時に把握して、それを生産に生かしても、生産現場と市場を結ぶ物流システムが構築されていないと、市場への商品供給がうまくいかない。 ある商品が市場で1000個必要だというので、工場で1000個つくっても、物流システムができていないと、欠品の多発という事態が発生することになる。
市場の情報を把握することももちろん重要だが、それ以前に、商品が必要とされるところにタイミングよく移動できる仕組みがないと、結局その情報は生かされることにならないのである。 かつて物流は「たかが物流」といわれたが、まさにいま「されど物流」という位置づけにある。
これまで物流にあまり力を入れてこなかった企業は、いまそのツケを払わされているといってよい。 物流が弱いがゆえに、売上ロス、コスト負荷の増大というマイナスをこうむっているはずでこのような中で、いま物流で恐いことが起こっている。
物流について企業間格差が著しく拡大しつつあるのである。 物流がロジスティクス、さらにサプライチェーン・ロジスティクスへという形で急速な展開をみせていく中で、それを先取りしている先進的な企業と遅れをとっている企業との格差が一気に開きはじめているということである。
この格差は恐い。 企業の収益力、そして結局は市場競争力に大きな影響をもたらすからである。
いまや物流は、コストが高いか低いかなどというレベルで論議する対象ではない。 その理由はここで詳しく述べているが、もはや物流は、企業の成長そのものを左右する存在となっている。

その意味で、物流が企業経営において果たす役割を改めて見直すことが必要なときにあると、私は痛切に感じている。 ここはこのような思いに立ち、物流について、とくにマネジメントという視点からその全貌を整理したものである。
できるだけわが国の物流の現状に触れながら、何が物流改革を阻むのか、それぞれのレベルにあった手だては何かを具体的に述べつつ、サプライチェーン・ロジスティクスへの道筋を概観した。 物流担当者は自分の会社の物流が今どの段階にあるのかを振り返りつつ、経営者はより大きな経営的視野から、「これからの物流」を理解できるような仕組みになっているはずである。
ここが、企業内における物流についての理解を深め、本来の役割を果たしうるようなシステム化の進展に役立つことができれば、これ以上のよろこびはない。 はじめに物流システムなくして、物流改革なし。
「無意味な在庫移動」をなくす仕組みづくりこそ、在庫削減のカギ。 カギとなる物流コスト、責任の明確化装頓。
物流という言葉は、いまではビジネスの世界で日常的に使われているが、ちょっと歴史をさかのぼってみると、この言葉が登場するのは1970年代に入ってからである。 「そんな最近のことなのか」と思われるかもしれないが、物流はまだ30歳程度の若さなのである。
物流という言葉になる以前1965年頃から5年間くらい、「物的流通」という言葉が使われたことがある。 いまではほぼ死語になっているが、それでもたまにお目にかかることがある。
意味するところは、物流と同じと思って差し支えない。 なぜ「物的流通」が「物流」に変わったのかについては、明確な論拠があるわけではない。

自然に言葉が略されたといってよい。 ただ、これらの言葉が育まれた土壌は明らかに違う。
その違いを簡単に区分してみると、物的流通という言葉は主に官庁の用語として使われ、物流という言葉は企業経営の中で使われたということができる。 いかにも官庁的な、堅苦しい感じのする物的流通という言葉が、ビジネスの世界に入り簡略化されたというわけだ。
このことを歴史的に見れば、わが国において物流は、道路、港湾、空港、物流施設といったインフラ整備という視点から、まず行政サイドの問題としてとらえられ、その後、企業経営の視点から管理の対象として認識されたということをあらわしている。 企業経営の舞台に、物流という概念が上がったのが、年頃。
その意味で、年を「物流管理元年」と呼んだりする。 先に述べたように、物流管理は登場してからまだ加年ほどしか経っていない新しい分野なのである。
ところが、この短い歴史の中で、物流は大きく変貌を遂げている。 おそらく、物流管理元年の頃に物流を担当した人が、いまの先進的な物流システムを見たら、まったく違った世界に見えるに違いない。
ところが、同じその人が物流に力を入れてこなかった企業の物流をいま見ても、何の違和感もなしに入り込めるはずである。 その人の勝手知ったる世界がそこにあるからである。
物流のレベルという点で、いま企業間でそれくらいの差があるのである。 こうした格差の大きさが、わが国の企業物流の特徴であるといっても過言ではない。

企業における活動で、そのレベルという点で物流ほど企業間で格差の大きい活動も実際めずらしい。 物流コストを仮に10ハできるほどの違いがある、とする。
それでは、どれくらいの格差があるのだろうか。 物流とは何かを知るためにも役立つと思われるので、はじめにこの格差について見てみよう。
そのためにまず、ここで物流のレベルを窓意的に設定してみたい。 何らかの区別がないと、格差の説明ができないからである。
私としては、以下のようなレベルの区分が有効と思われる。 なお、この四つのレベルは物流管理の発展過程と見ることもできる。
当然、レベル1からレベル4に向かつてステップアップしていくということである。 ちなみに述べておくと、レベル1の物流コストを仮に「100」とすれば、レベル4では同じ範囲のコストが「10」くらいまで低減以下、それぞれのレベルについて説明していこう。
レベル1は、物流管理が最も遅れた段階といってよい。 多くのムダが内包されており、物流管理元年当時の担当者にとっては、まさにお馴染みの世界である。
もちろん当時と比べ、輸送手段や物流センターなどハード面では大きな変化が起こっているが、物流管理上で抱える問題は昔と少しも変わらない。 そして、いまでもこのレベルの企業が少なくないのである。
「後処理型」という言葉を使っているが、その意味するところは、生産や仕入、販売など企業の他部門に物流が振り回されている状態をいう。 つまり、これら他部門の活動の〃後始末“を物流がやらされている状態といってよい。
後始末という言い方はおだやかでないが、実感としてはこの表現が当たっている。 そして、これら他部門と物流との関係を知ることが、物流の何たるかを知ることになる。

このような後始末としての物流は、物流を発生きせているのは実は生産部門であり、仕入部門であり、営業部門であるということから始まる。 これらの部門を「物流発生源」と呼ぶ。
改めていうまでもなく、生産活動は多くの物流を発生きせる。 製品ができれば、それは在庫として「保管」きれる。

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